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そのほか、天命と才能について

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天命とか、才能とか、私が知りたい人生の命題みたいなものに近い気がして、よくそういう動画とか見るのですが。

 

斎藤一人さんと櫻庭露木さんの話を聞いて、考えさせられたのでシェアします。

ちなみに上の動画は斎藤一人さんのお弟子さんの動画です。

 

斎藤一人さん、才能のあることはその道を目指すとわくわくする。

その道の結果として、苦労した結果楽しいことが待っているんじゃなくて、その努力している過程でも、ともすればその方向を向いただけでわくわくする。

それが才能という話でした。

成功とは違うのでそこは勘違いしない方が良いと思います。

 

櫻庭露木さんの話は頼まれごとは試されごとという話でした。

頼まれたことには即座にはいと答える。それが運がよくなるために必要という話でした。

中村文昭さんと似た考え方だなぁと思います。天命追求型という生き方みたいです。

この根底にあるのは、天命は自分ではわからないという話ですね。

世のため人のためになって初めてその道に導いていかれる。

そういう話なのかなぁと思います。

 

でこの2つの話をクマの実体験に結びつけて考えてみました。

 

クマは本が好きです。ただ知識を得られれば動画でも、漫画でも、口コミでもなんでもよいという考え方です。

となると本が好きとか読むのが好きというのは必要な行為であって、才能ではないみたいです。

 

職業ではクマは転職しています。

工場で同じ作業をひたすら繰り返すのが苦痛だったから、1日1人で働ける仕事だったのですが、さびしかったのが1番問題でした。

あと1年がほんとうにあっという間に過ぎ去ったので、このまま人生過ぎ去ってあっというまに終わるのは嫌だなと感じて工場を辞めました。

 

それから小説家を目指して3年間書いてみましたが、それもダメでした。

小説を書くという行為をずっと続けるのが苦痛でした。1日3時間くらい書くのはいいのですが、それ以上はとても書けませんでした。

村上龍さんなんて1日18時間書けるそうなので、才能ではないようでした。

そもそも3時間終えてほっとしているので、才能ではないと思います。

 

逆に介護という仕事は10年近くしているのですが、キツいときも苦しいときもあったけど、それ以上に与えてくれる楽しみのほうが多いです。

1日12時間以上仕事があってもそれでも次の日仕事に行くのが嫌じゃないです。

 

夜勤とか16時間働くわけですが、むしろ休み休み働けるので楽です。

 

認知症のお客さんに囲まれて働けるいま、すごい幸せで、それが少し申し訳ない気がします。

 

Uber eatsに関しては、東京という街のわりと深くまで覗けること。それぞれの区の特性が違うこと、自転車に乗れること、季節の風景をランダムで楽しめること。

私にとってメリットが大きいです。でもこれは才能じゃないです。

好きていどな気がします。東京でUber eatsやりつくしたら辞めるでしょうし、都内に勤めなくなったらやらないと思います。

 

ブログに関しては、人に見てもらえる。そのPV数で客観的な結果が見えるのがうれしいです。

自分なりにやっていると、なんというか自分の機能の半分を殺している気がします。意外な記事に人気が出たり、おもしろいです。

 

ブログは友達にも見てもらって意見を聞いているのですが、これもまた、自分だけだとよけいなことやったり間違いすぎてしまうのを、方向修正するのにとてもとても役にたち、助かっています。

 

でもブログも好きレベルで、才能と呼ぶものではない気がします。

 

とか考えていくと、才能とはこれで死んでもいいことかなぁと思いました。

 

だから才能のあるなしは関係ない。あればなおいいけど、それ以上に死ぬまでやりたいし、できるなら死んでもやりたい。それが才能なのかなぁと思いました。

 

そして天命というのはスロットのような気がします。

 

自分にとってよい。相手にとってよい。世間にとってよい。神様にとってよい。

 

それがスロットのように絵柄がつながっていくと、天命と呼ばれるものになるんじゃないかと思いました。

 

ちょうど今朝配信された動画に天命の話があったのでそう思いました。

 

これからカフェ会を開いて人と知り合って、できるならその人の才能を伸ばすコーチングみたいなことやっていきたいなぁと考えています。

 

なので今回そんなことを考えてみました。

 

現在カフェ会池袋で開いているのでよければ参加してみてください!

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※2020年4月のカフェ会予定です。