kuma117117のブログ

クマの楽しいを広げるブログ

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そのほか、人間について

人間の強さについて考えていて浮かんだことを共有します。

 

人は自分のことが1番見えないんだなと感じました。

そのために他者がいるのではないかとも感じました。

 

同時に自分が見えないということが、長い人生を飽きずに生きられるコツの1つかもしれないと感じました。

 

人はすべてに意味を求めてしまいます。

ただ意味を求めた先にあるのはゆるやかな死だと思います。

飽きますから。

 

スマートに生きるのが人間の生き方ではないのだと思います。うまく生きられない苦しみ痛み、違和感、不合理さ、そんな制限がこの体があるという不自由さこそが人の生きる意味なのではないかなと私は最近感じました。

 

このえらく不自由な形を楽しむのが人生の醍醐味ではないかなと。

 

スマートでなに不自由なく、楽しいと深く掘り下げることができません。人という形は年輪やレコードに刻まれた傷のように深く掘り下げられたから出現したものではないかと思います。

 

弱さや苦しみ、もがき、悩みの中で誕生したえらく不自由な掘り下げられた生命体、それが人なのではないかとクマは考えます。

 

だから楽しく問題がないと人ととしてあることができなくなる。

我考えるゆえに我ありの考えるが抜けるとただ世界からの惰性で動かされる肉の塊があるだけなのではないかなと思いました。

 

問題が生命の根源なのではないかな。

 

その1番の問題は自分という形なのではないかなと思います。

 

この世のあらゆる悩みは自分が自分であることから生まれるのではないかと感じます。

 

だからこそこの世界は救いです。この世界に私がいなくなれば、私という問題は解決するからです。そして私がこの形であるからこそ同時に終わりもデザインされている。

 

そのことに美しさすら感じます。

 

なにに苦しみなにを食べ、なにを悩みなにに楽しみ、なにに困り、なにに満たされて、なにを大切にしているかによってその死は浮かんできます。

 

きっちり生きた上での死はその人の人生を完成させると思いました。