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【2019/11/22平穏死という選択(長尾和宏)①】

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ルミネ小平で行われた長尾和宏先生(Drです)の講演を聞いてきました。

 

私の平穏死に関する印象は大変申し訳ないのですが、つまらそうな本だなという印象でした。

 

ただ、介護職やってる以上1度聞いておくかと思い足を運びました。

国保連主催の講演会です)

 

聞いて、人生変わりました。

 

聞きに行ってよかったです。

 

自分が平穏に死ねるか、苦しんで死ぬかの境目になるかもしれないです。

介護職でいうならお客さんを苦しめるかどうかの分かれ目になるかもしれません。

 

講義の順番とは変わりますが、長尾先生が平穏死という本を書く前の話から書いていきます。

 

終末期の患者に高カロリーのブドウ糖の点滴1日2リットル入れると、溺れるように患者が苦しんで死んでいったと先生は語ります。

 

高カロリーの点滴はがん細胞の最高の餌だった。がん細胞を喜ばせただけだったという言葉とあわせて。

 

言葉には後悔などの思いは感じ取れませんでしたが、一度の講演で何度も繰り返し語られていたので、それが平穏死という考えにつながったのではないかなぁと思います。

 

ならどう死ぬべきなのか。

 

枯れるように死ぬべきだと先生はいいます。どの生き物もそう死んでいる。

人だけが死ぬまでがんばらせてしまう。

 

そもそも生命の死は脱水に向かう旅なのだと言います。

体の水分は子供で70%、成人で60%、高齢者で50%になるのだそうです。

 

自然に体の水分は減っていく、それなのに無理に水を与えるから苦しむのだと。

 

待つということは、圧倒的に高齢期の医療ではプラスに働くと長尾先生は言います。

看護職、介護職は待てずになにかをしてしまうと、バイタルを測り異常を報告して来ると。

 

私の人生が変わったのはここです。それまではせっつくように脱水にならないように水を飲ませる。本人が苦しくてもがんばって飲ませる。その努力こそが介護だと思っていました(家族が楽をするため、お客様を脱水から守るためと、それは誤りではないのでしょうが、あるところから正解ではなくなるみたいです)

 

水は欲しい分だけ取ればいい。氷を舐めて、体をさすって、不快じゃないようオムツを変えて死の不安をわかちあうように、私は癌のターミナル(看取り)のケアで2件そんな体験をしたことがあります。

 

ターミナルケアではいままで習慣になっていたこととやることが真逆で、とても不安になったことを覚えています。

 

1時間いつもはあくせく働いていたのに、体をさすってオムツが汚れていないか確認して(飲まないのでほとんど出ていません)看護師さんが麻薬を飲ませて苦痛を軽減して、のんびりすごす。

 

これでいいのかと考えていました。

 

最後は出すものがなくなり、息を吐き切るように亡くなる。

 

ほんのさっきまで息してたんですけどねと、奥さんに言われてお医者さんを呼びながら、死の瞬間に立ちあったんだなぁと感じた時。

 

かなり不安でしたが、今日この講演を聞いて、その抜けていたピースが埋まったような気がします。

 

人の死っていうのはがんばらなくていいんだ。

 

楽になっていくものなんだなって感じました。

 

そのためのテクニックをいくつか聞けた講演でした。

長くなるので続きます。